叔父の二十七回忌

 高齢者に外出を控えるようにとテレビやラジオでありがたくも体調を気づかってくれる。有り難し。

 一心寺から叔父の二十七回忌のお誘いのハガキが来ていた。行こう。母と叔母の骨仏さんにも挨拶をしておこう。

 数珠は入れた。線香もある。和ろうそくはない。花屋が休みだ、仕方ないがなしで行こう。

 案内役の女性が午後からでよかったですねと言う。午前中は忙しかったという。猛暑下でお参りで待たされるのは堪らない。

f:id:higachanntan:20220804000101j:image横井勘市の墓
f:id:higachanntan:20220804000054j:image左面
f:id:higachanntan:20220804000107j:image裏面
f:id:higachanntan:20220804000057j:image通天閣を見ながら
f:id:higachanntan:20220804000111j:image好ロケーションです
f:id:higachanntan:20220804000104j:image

 横井勘市は千日前の興行師。旧大阪劇場があった土地に、明治時代に大劇場「横井座」を立ち上げる。

 

 叔父は5人兄姉の末っ子。若い頃に結婚の話が持ち上がったが、それも立ち消えに。寿司職人であちこちに修業に行った。兄姉で話し合って、南地坂町に小さな寿司屋を開店させた。儲からずに閉店の憂き目に。その後、行方不明になる。

 しばらくして記憶から消えてしまう。突然、都島区役所の生活保護係から連絡が来た。京橋のK病院に運び込まれたそうだ。父がお見舞いに行ったりした。病状が悪くなり、急死した。鶴見斎場で直葬された。あっけない最期であった。

 骨仏になったのは母、叔母、叔父の三人。父の骨仏が2年後に魂が入ることになっている。