かつて「大阪ガス高等学園」があったことをご存知の方は少ないだろう。門外漢のヒガチャンがなぜ知っているのか。
それは、1975(昭和50)年頃、教え子が「大阪ガス高等学園」を受験するので受験書類を書いてくれと言ったことから始まる。学園は、社内人材の育成などを目的に開設・運営していた教育施設(企業内学校)であった。
↑大阪ガス本社(大阪市立図書館デジタルアーカイブ)
受験会場は、御堂筋・平野町にある大阪ガス本社であった。試験が終わるまで別室で待機していた。合格通知は「不合格」であった。S君の家庭は子だくさんで、長男が学園に入れば、高校卒の資格も取れる。卒業すれば、社員にもなれる。魅力的な学園であった。
↑記念樹(ハナミズキ)※印はいずれも大阪ガス先端技術研究所【公式】のXの画像を引用した。
↑記念樹の説明板※
開校は、1971(昭和46)年4月1日。もともと存在していた社内の「教習所」を改称する形で「高等学園」となった。この際、通信制の科学技術学園工業高等学校と連携する形で運営された。
そして、閉校(廃止)は、1980(昭和55)年3月31日であった。9年間の歴史であった。
学園の住所は、大阪市此花区酉島(とりしま)地区で、かつて同学園があった敷地は、大阪ガスの研究開発の発祥の地である「酉島地区」の一角に位置している。現在は、大阪ガスの先端技術研究所や、2025年9月に新たに竣工したカーボンニュートラル技術の最先端拠点「Daigas Innovation Center(ダイガス・イノベーションセンター)」(大阪市此花区酉島5丁目)などの敷地として活用されている。
↑大阪ガス高等学園の名残りが残っている※
「1970年入学くらいまでは非常に優秀な人もいましたが、その後問題児の量産工場になり廃止になったそう」と推量している。(chiller119 さんのX、脱電力マンさんのX、大阪ガス先端技術研究所【公式】のXの記事を2026年9月18日に閲覧した)
【追記】
2026年9月22日、猪飼野探訪会の小野賢一氏から情報が寄せられた。彼の記憶では「ダイハツ(本社:池田市)や関西電力(本社:大阪市北区)にも企業内学園があった」と。当時、在阪の大企業には企業内で人材を養成する余裕と気概があったのではと想像している。
↑亡母の「大阪市敬老優待乗車証」
↑大阪市敬老パスの利用方法
↑敬老パスの利用明細(8月分)
↑同上
↑旧中津川跡に建つマンション
↑旧田辺製薬大阪工場跡
↑同上
↑同上
↑尼崎市浜1丁目
↑同上
↑御座候(回転焼、大判焼の店が開店予定)
↑10月上旬開店予定
↑ホーム柵の異常でしばらくドアが開かず
↑ドアが開いてから職員が調整していた
↑同上
↑今里筋線開業20周年
↑臨海学校(天の橋立)
↑遠足(石山寺)
↑天保山第五コーポ(旧みなと遊園の跡地、Wikipediaより転載)
↑みなと遊園(提供:m.atsumi、所蔵:田野登氏)
↑修学旅行(左が鎌倉の長谷大仏、右が大阪駅のきぼう号)
↑宝塚ファミリーランド正面入口(4枚の画像はWikipediaより転載)
↑宝塚ファミリーランドの看板
↑宝塚大人形館
↑ホワイトタイガー
↑正蓮寺
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑伝法港
↑新淀川
↑同上
↑六甲山系を望む
↑新淀川で経木を流す
↑同上
↑同上
↑今年も強風で船に乗れず
↑此花区パチンコ店放火殺人事件の現場付近
↑同上
↑同上
↑正蓮寺の本堂
↑慰霊祭の案内ハガキ
↑慰霊祭のリーフレット(初めてのリーフレット)
↑同上
↑同上
↑京橋駅空襲被災者慰霊祭
↑同上
↑同上(中央のビル群に大阪砲兵工廠があった)
↑同上
↑同上
↑京橋駅連絡通路での平和街宣
↑金塚ふれあい東公園
↑あべの筋からあべのハルカスを望む
↑阿倍野区松崎町
↑上町台地の西の崖
↑高潮が発生した場合(阿倍野区のハザードマップより転載)