鶴見橋商店街②

 地下鉄四つ橋線岸里駅で下車して、西成区役所に向かう。『西成観光マップ』をいただいた。

 岸里交差点から西に歩く。南海高野線のガードをくぐる。

f:id:higachanntan:20240227205020j:image↑南海高野線のガード
f:id:higachanntan:20240227205013j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227205017j:image↑西成千本北郵便局の近くの中央通寿会商店街
f:id:higachanntan:20240227205024j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227205010j:image↑同上

f:id:higachanntan:20240227214906j:image↑南海高野線のガード

 銀座商店街には「ふたりっ子の記念碑」があるが、探したが分からなかった。平成8年〜9年に放送されたNHK連続テレビ小説のロケ地になった。その記念碑である。

f:id:higachanntan:20240227215045j:image↑銀座商店街
f:id:higachanntan:20240227215058j:image↑人通りが少ない
f:id:higachanntan:20240227215038j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227215048j:image↑危機感を感じる

 南海高野線西天下茶屋駅(橘3-3-23)は、大正4年開業の駅。昭和50年頃までは、線路沿いの工場の労働者が利用し、1日の乗降客数が4000人ほどあったという。

f:id:higachanntan:20240227215030j:image↑南海高野線西天下茶屋駅
f:id:higachanntan:20240227215034j:image↑同上

 十三間堀川に向かって西に歩く。「共和」という工場が見え、その向こうに阪神高速道路堺線が見える。昨年、共和は創立100周年を祝ったそうだ。
f:id:higachanntan:20240227215041j:image↑ゴムバンドのトップメーカー「共和」本社(西成区千本)
f:id:higachanntan:20240227215055j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227215052j:image↑旧十三間堀川(阪神高速道路堺線)

 津守新田開発の時に勧請された。西成区津守3-4-1。

f:id:higachanntan:20240227222152j:image↑宝橋交差点
f:id:higachanntan:20240227222126j:image↑津守神社の玉垣(白山殖産の名が見える。津守新田の白山家)
f:id:higachanntan:20240227222156j:image↑同上(白山家当主の名が刻まれている)
f:id:higachanntan:20240227222145j:image↑白山家の船場の本宅にあった「お化け灯籠」
f:id:higachanntan:20240227222119j:image↑白山殖産が最初に出ている
f:id:higachanntan:20240227222159j:image↑津守神社
f:id:higachanntan:20240227222149j:image↑白山宣太郎の名が入る玉垣
f:id:higachanntan:20240227222130j:image↑白山殖産の名が刻まれている
f:id:higachanntan:20240227222123j:image↑提灯にも白山殖産の名が見える
f:id:higachanntan:20240227222142j:image↑鳥居
f:id:higachanntan:20240227222134j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227222138j:image↑同上

 津守神社の向かいに白山家の会所があった。そのあとに津守小学校(平成27年に閉校)ができた。大阪市顕彰史跡になっている。白山家別邸の庭園は大坂の代表的名園であった。

f:id:higachanntan:20240227223739j:image↑津守新田会所跡の碑
f:id:higachanntan:20240227223735j:image↑もと津守小学校

 津守商店街を見ながら、鶴見橋商店街の西側を歩いていった。

f:id:higachanntan:20240227224147j:image↑津守商店街
f:id:higachanntan:20240227224137j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224144j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224140j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224212j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224133j:image鶴見橋商店街
f:id:higachanntan:20240227224158j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224151j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224154j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224208j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224201j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224130j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240227224204j:image↑同上

 かつて鶴見橋商店街は日本で二番目に長い商店街と呼ばれた。天神橋筋商店街が最長である。

 商店街の歴史は、明治42(1909)年に大日本紡績(現ユニチカ)の津守工場が生まれたことに始まる。工場の東に流れる十三間堀川に橋が架けられる。鶴見橋という橋。

 通勤路線として大阪市電や南海高野線が開通して交通に至便な所になる。昭和4(1929) 年

に商店街の原型が誕生したといわれる。そして、大阪大空襲によって工場が消失した。大阪市三宝線が廃止されると商店街の賑わいが消えてしまった。

【参考文献】

『にしなり観光マップ』(西成区役所)

『座談会 津守を語る会の記録』(西成区役所、平成4年3月)

『note 林裕之』を2024年2月27日閲覧(日本で二番目に長いと数えられた商店街を歩いた)

 

 

 

 

  

浪曲名人会@国立文楽劇場

 今年も「浪曲名人会」に参加した。お客さんの顔ぶれは高齢者が多いが、若者もちらほらと見えた。

 今年の企画は「立体掛け合い浪曲」が入ったことだ。若者の企画が実現した。名人会の枠に収まった企画で、来年度が楽しみだ。

f:id:higachanntan:20240227101824j:image↑チラシ

 二代目真山一郎師は先代の遺産を継ごうとする心意気が感じられた。

 松浦四郎若師は、人格温厚さが浪曲にも出ていて、聴かせる。

 天中軒雲月師はその声に聞き惚れる。うっとりとしてくる魅力がある。

 大とりは、京山幸枝若師。顔を見せるだけで、拍手の渦だ。貫禄・実力を兼ね備えた名人の一人だ。

f:id:higachanntan:20240227103209j:image↑みなと浪曲寄席@築港高野山釈迦院
f:id:higachanntan:20240227103213j:image住吉大社浪曲寄席

 

鶴見橋商店街

 西成区鶴見橋商店街は、東は萩ノ茶屋商店街から続いている。国道26号を超えると、十三間堀川(埋められている)を越えても続いている。そして津守商店街に名を変える。南海高野線津守駅が最寄駅だ。

f:id:higachanntan:20240226010842j:image↑地下鉄花園町駅
f:id:higachanntan:20240226010838j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226010913j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226010859j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226010845j:image鶴見橋商店街の東入口
f:id:higachanntan:20240226010855j:image↑この辺りはスーパーもあり賑やかだ
f:id:higachanntan:20240226010906j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226010849j:image↑海抜1.1メートル
f:id:higachanntan:20240226010910j:imageなにわ筋の交差点には鶴を模った信号機
f:id:higachanntan:20240226010852j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226010902j:image↑同上

 津守駅の西側に津守新田が広がっていた。明治42(1909)年に大日本紡績(現ユニチカ) 津守工場が創業して、商店街は工場労働者の通勤路や社交場になる。戦前、天神橋、心斎橋と並ぶほど賑わったらしい。今はスーパーマーケット、介護施設、医院が並んでいる。

 大日本紡績津守工場は、レンガ造り平屋建てであった。最盛期には4000人以上の女工や職工が働いていた。場内には社宅や小学校まであった。太平洋戦争の空襲で全焼した。昭和27(1952)年に撤去された。売却されて、津守下水処理場の増設地と貯水池になる。残りは西成公園と西成高校になっている。

f:id:higachanntan:20240226203119j:imageスーパー玉出
f:id:higachanntan:20240226203123j:image↑鈴成座(有名な大衆演劇場)
f:id:higachanntan:20240226203133j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203107j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203100j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203144j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203129j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203115j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203151j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203147j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203126j:image↑鈴成座近くの地蔵
f:id:higachanntan:20240226203111j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203104j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240226203136j:image↑長屋(きれいに掃除が行き届いている)

  目的地は大阪市社会福祉研修情報センター。「釜ヶ崎の赤ひげ先生」こと本田良寛医師についての講演であった。鶴見橋商店街から歩いて、なにわ筋を北上したのだ。

f:id:higachanntan:20240226204322j:image↑大きな更地(元市民交流センターにしなり)が現れた
f:id:higachanntan:20240226204258j:image↑建設工事が始まっている
f:id:higachanntan:20240226204316j:image↑大きな家電スーパーが建つのか
f:id:higachanntan:20240226204319j:image↑奥の建物が大阪市社会福祉研修情報センター
f:id:higachanntan:20240226204305j:image鶴見橋商店街
f:id:higachanntan:20240226204302j:image花園町駅近くの地蔵
f:id:higachanntan:20240226204309j:image↑同上

【参考文献】

『西成観光マップ』(西成区役所)

Osaka Metro まちさんぽ・四つ橋線花園町駅

『にしなり区 おでかけナビ』(西成区地域福祉アクションプラン推進委員会ほか、平成25年6月発行)

『津守回顧』(池田幹夫、平成3年3月)

 

 

 

統国寺再訪

 茶臼山の統国寺に調査に行く。近鉄元会長の金森又一郎翁の墓域が統国寺(旧邦福寺)にあると『金森又一郎翁伝』に載っていたからだ。

f:id:higachanntan:20240223190111j:image↑金森家の墓域

 統国寺住職の上品なご夫人に訪問の趣旨を伝えた。統国寺になって50年になるそうだ。民族寺として有名だが、日本人の有名人の墓も多い。人間国宝の方の墓もある。

 済州島4・3事件の犠牲者を悼む慰霊碑もある。観音を建立した時に墓を整理した。「金森又一郎翁」の墓が移転された可能性を夫人は示唆された。

f:id:higachanntan:20240223190936j:image↑統国寺本殿
f:id:higachanntan:20240223190922j:image↑墓域
f:id:higachanntan:20240223190918j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240223190940j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240223190929j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240223190926j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240223190947j:image↑同上

 金森又一郎翁の墓がどこにあるのかは振り出しに戻った。

生野区名物の朝風呂

 体調が悪く、ベッドで積読していた『みんなの民俗学』(島村恭則平凡社新書)を読む。第四章の喫茶店モーニング習慣の謎に惹かれ、大阪市生野区での思い出を語ろう。

f:id:higachanntan:20240216133752j:image平野川(大池橋)
f:id:higachanntan:20240216133756j:image↑大池橋バス停前の国旗掲揚
f:id:higachanntan:20240216133748j:image↑大池橋交差点周辺
f:id:higachanntan:20240216133745j:image今里筋(大池橋交差点)

 昭和55(1980)年に大池橋近くにある中学校に転勤した。非行の「高原状態」にあった学校で、周辺では悪名は轟いていた。毎日、事件が起きて、その解決に追われていた。教師の中には登校拒否になるのもいた。私も御多分にもれず、地下鉄今里駅でバスを待っている間、職場に行かずに千日前の「スバル座」で映画を観たりした。

f:id:higachanntan:20240216134837j:image↑大池橋バス停前にあった「友富士」(トンカツ店)の跡

 生野区はヘップ産業で神戸市長田区と並んで有名な土地。在日朝鮮・韓国人が集住している。朝食の準備ができないので、家族で喫茶店のモーニングを食べる。1980年から1987年まで居着いてしまった。初めは毎年転勤願を出していた。住めば都だ。

 その頃は給食がなかった。弁当を持参するか、父母が校門まで届けるかであった。校門の外に木製の棚があった。そこに置く。マクドハンバーガーや焼きそばもあった。中には先生と同道で市場まで焼きそばを買いに行く。ぷーんとソースの匂いが鼻を突く。教室で焼きそばの匂いが充満する時もあった。少しオーバーな表現であるが。

 市場も今は活気がなくなっている。喫茶店(トリオと言ったか)は残っているか。

【参考文献】

『みんなの民俗学』(島村恭則平凡社新書)

『ふろやの本』(2023年9月刊、大阪府公衆浴場業生活衛生同業組合)によると、生野区には15施設が掲載されている(休業中の施設も含むと26になる)。西成区には20施設が載っている。城東区は12施設。

学校図書館

 大阪市立中央図書館(西長堀)に自費出版の本を寄贈した。三冊置いていただいた。大阪府中之島図書館には一冊寄贈した。国立国会図書館に二冊寄贈した。大阪市立城東図書館に一冊寄贈した。ほっと安心した。

 西長堀にチラシが置いてあった。応募しようと思ったのだ。「学校図書館関係会計年度任用職員募集」だ。しかし、2月13日(火)が申込締切だった。締め切り日が当日なのだ。

f:id:higachanntan:20240214225006j:image↑チラシの表

 裏面を見れば、私には絶対無理なのだ。「大阪市職員基本条例」の抜粋が載っている。その条文を見れば、到底私のようなニンゲンには無理なことが書いてあるのだ。

f:id:higachanntan:20240214225346j:image大阪市職員基本条例の抜粋

 「常に清潔な身だしなみを心がけ、市民に不快感を覚えさせないようにする」ことなんてムリでござる。無精ヒゲを生やして、お客さまに不快感を起こさせるでありましょう。

 こんな条文がある都市に公務員として入職する人がいるでしょうか。素朴な疑問を抱くのでありまする。

木津卸売市場

 大阪木津地方卸売市場に初めて足を向けた。地下鉄大国町駅で下車した。改札口には駅員さんがいない。インターホンがあるので押した。しばらくして駅員さんの声が。木津卸売市場に行きたいと尋ねる。「出口1番の階段を上り、右にUターンする。一筋目を右に曲がる」と。右にUターンとは北に行くのか、南に行くのかと訊く。北に行くと返事が。やはり改札口には駅員さんがいなくてはいけませんよ。

f:id:higachanntan:20240213172443j:image↑地下鉄大国町駅の無人の改札口

 なぜ、木津卸売市場なのか。それはね、『ふろやの本』をゲットするため。大阪市浪速区敷津東2-2-8大阪木津地方卸売市場南棟2階に大阪府公衆浴場業生活衛生同業組合があるからだ。一人1冊しかもらえない。残部が少ないと言われた。

f:id:higachanntan:20240213173026j:image↑地下鉄大国町駅周辺の地図
f:id:higachanntan:20240213173045j:image大国町駅周辺の道路
f:id:higachanntan:20240213173042j:image↑木津卸売市場が見える
f:id:higachanntan:20240213173023j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240213173019j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240213173038j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240213173029j:image↑午後2時なので閑散としている

f:id:higachanntan:20240213173416j:image↑郵便ポストがある
f:id:higachanntan:20240213173412j:image↑木津卸売市場南棟(遠くにクボタのビルが見える)
f:id:higachanntan:20240213173401j:image↑浴場組合の入り口
f:id:higachanntan:20240213173427j:image↑高岸公園老人憩いの家
f:id:higachanntan:20240213173408j:image大阪市立敷津小学校
f:id:higachanntan:20240213173405j:image↑小学校の掲示
f:id:higachanntan:20240213173419j:image↑同上

 

【参考文献】

『ふろやの本』(2023年9月版)

『大阪の地名由来辞典』(2010年、東京堂出版)浪速区高岸町の項目を参考にした。