2025(令和7)年は公私共にさまざまなことがあった。
初詣に桜宮に参る。去年より善男善女で賑わい、賽銭箱に行くまで長い列ができている。どれほど長いか調べた。値は忘れた。途中で碑に興味を取られたからだ。
↑桜宮
↑同上
↑同上
かつて氏地は城東区新喜多4丁目(現:新喜多東1丁目)まであった。そこに新喜多神社の跡が残っていた。桜宮に合祀されている。明治戌申とは1908(明治41)年になる。
↑合祀記念(新喜多神社)
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
「淀川(大川)洪水記念碑銘」が境内にある。縁石が崩れているが、碑文は読むことができる。
↑澱河洪水記念碑
↑同上。明治十八(1885)6月に大洪水があった。北河内郡・中河内郡・東成郡に大被害を及ぼす。大橋房太郎たちによる新淀川建設につながっていく。
旧片町駅方面に南下する。旧太閤園が左側にあるが、創価学会の施設が建築中である。
右側に大阪市登録有形文化財の「狭間ハウス」がある。
↑旧太閤園
↑狭間ハウス
↑同上
令和9年に完成予定と看板から読める。周りの地域と折り合っていけるかが関心の的である。東京都新宿区信濃町のように、創価学会関連の施設ばかりで固めないことを要望する。
↑旧太閤園(現:創価学会関西池田記念大講堂新設工事中)
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上