「阪神うら」という言葉をご存知の方は今では少ないだろう。阪神百貨店の裏に木造の家々が建っていた。「梅田繊維街」とも言われていた。大阪市北区梅田1丁目1番地。
↑「梅田」のあゆみ(うめきた広場に掲示されていたのを撮影)
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『アサヒグラフ』(1963年7月5日号)に見開きの阪神百貨店の広告が載っている。「大阪うめだ一番地」に阪神百貨店は姿を現したと宣伝文句が躍っている。北向かいにある大阪駅のアルファベット「OSAKA STATION」が写っている。その南側に木造の家並みが見える。現在の駅前第一、第二ビル、第三ビル、第四ビルあたりか。第一生命ビルの南にも木造の家が見えている。旭屋書店本店がヒルトンホテルのあたりにあった。ディアモールのあたりに梅田繊維街があった。そこで書店を営んでいた方に思い出を聴かせてほしいと連絡中であるのを書いておく。
↑旧マルビル
↑同上
昼の繊維街が夜になると、女性が男を誘う雰囲気になると、繊維街に勤めていた70代の男性が先日の茶飲み会で言われていた。
そうなのか。旭屋書店は大阪駅側から入っていくと裏口の道に出る。その裏に別館があった。そのあたりは異境の匂いがムンムンしていた。中学生から高校生だった私には昼の世界しか見えていなかったのだ。夜になると、男と女の性の営みが行われていたとは想像もつかなかった。
しかし、今から見るとその魔境が恋しくなる。老境に差し掛かった私は、永井荷風のように魔境(梅田1番地)を覗いてみたい。