今は網島駅はない。JR西日本社員に聞いても、知らない社員が多かろう。網島駅は、明治40(1907)年にその存在が消えた駅なのだ。明治31(1898)年11月18日に関西鉄道が「網島駅を設け、線路を放出・京橋間から分岐させ、環状線(当時は大阪鉄道梅田線)の下をくぐって」網島駅に接続させた。大阪府立東高校とNTT西日本本社がある区域が旧網島駅あった場所だ。
↑京橋中央商店街の「真実の口」
↑国道1号線と大阪環状線が交わるガードから西北に延びる道が旧網島駅に向かう線路の跡と推量する
↑奥にNTT研修センターが見えている
↑ホテル街を抜ける
↑同上
↑同上
↑同上
↑電信柱
周辺には網島駅の名残りは残っていない。大阪府立東高校には残っていないかと先日の同窓会総会に出席した。府・市二重行政解消の取り組みの一環で、令和4(2022)年4月に大阪市から大阪府へ無償譲渡された。東高校も大阪市立から大阪府立になった。少々違和感を感じている。
↑『片町線・草津線・関西本線 そのルーツと鉄道文化を探る』(羽森康純・高田征洋共著)より転載。
↑大阪大学工学部(今は大阪府立東高校)、『大阪府立東高校創立100周年誌』より許可を得て転載した
↑大阪大学工学部記念碑は東高校内にある
↑大阪大学工学部記念碑
網島駅の跡はやはり残っていなかった。在校生の駐輪場が一段低くなっているのが「関西池」の跡かなと思っている。京都鉄道博物館の学芸員に調べていただいたが、文献(羽森・高田1997)を教えていただいたのが収穫だった。
↑大阪環状線と大阪環状線が交わるガード
↑旧網島駅への線路跡?
↑網島駅から大川を渡る大阪鉄道梅田線の遺構
↑同上
↑同上
↑同上
↑環状線桜ノ宮駅
↑同上
旧網島駅探査の中間報告をここに記して、諸兄姉のご批判を仰ぎたい。
【参考文献】
『大阪府立東高等学校創立100周年誌』(大阪府立東高等学校編、2024年)。転載の許可を学校長にいただき感謝の意を表します。
『片町線・草津線・関西本線 そのルーツと鉄道文化を探る』(羽森康純・高田征洋共著、1997年)著作権者を捜しています。ご存知の方は当方にご連絡下さい。
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↑同上