統国寺再訪

 茶臼山の統国寺に調査に行く。近鉄元会長の金森又一郎翁の墓域が統国寺(旧邦福寺)にあると『金森又一郎翁伝』に載っていたからだ。

f:id:higachanntan:20240223190111j:image↑金森家の墓域

 統国寺住職の上品なご夫人に訪問の趣旨を伝えた。統国寺になって50年になるそうだ。民族寺として有名だが、日本人の有名人の墓も多い。人間国宝の方の墓もある。

 済州島4・3事件の犠牲者を悼む慰霊碑もある。観音を建立した時に墓を整理した。「金森又一郎翁」の墓が移転された可能性を夫人は示唆された。

f:id:higachanntan:20240223190936j:image↑統国寺本堂
f:id:higachanntan:20240223190922j:image↑墓域
f:id:higachanntan:20240223190918j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240223190940j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240223190929j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240223190926j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240223190947j:image↑同上

 金森又一郎翁の墓がどこにあるのかは振り出しに戻った。

生野区名物の朝風呂

 体調が悪く、ベッドで積読していた『みんなの民俗学』(島村恭則平凡社新書)を読む。第四章の喫茶店モーニング習慣の謎に惹かれ、大阪市生野区での思い出を語ろう。

f:id:higachanntan:20240216133752j:image平野川(大池橋)
f:id:higachanntan:20240216133756j:image↑大池橋バス停前の国旗掲揚
f:id:higachanntan:20240216133748j:image↑大池橋交差点周辺
f:id:higachanntan:20240216133745j:image今里筋(大池橋交差点)

 昭和55(1980)年に大池橋近くにある中学校に転勤した。非行の「高原状態」にあった学校で、周辺では悪名は轟いていた。毎日、事件が起きて、その解決に追われていた。教師の中には登校拒否になるのもいた。私も御多分にもれず、地下鉄今里駅でバスを待っている間、職場に行かずに千日前の「スバル座」で映画を観たりした。

f:id:higachanntan:20240216134837j:image↑大池橋バス停前にあった「友富士」(トンカツ店)の跡

 生野区はヘップ産業で神戸市長田区と並んで有名な土地。在日朝鮮・韓国人が集住している。朝食の準備ができないので、家族で喫茶店のモーニングを食べる。1980年から1987年まで居着いてしまった。初めは毎年転勤願を出していた。住めば都だ。

 その頃は給食がなかった。弁当を持参するか、父母が校門まで届けるかであった。校門の外に木製の棚があった。そこに置く。マクドハンバーガーや焼きそばもあった。中には先生と同道で市場まで焼きそばを買いに行く。ぷーんとソースの匂いが鼻を突く。教室で焼きそばの匂いが充満する時もあった。少しオーバーな表現であるが。

 市場も今は活気がなくなっている。喫茶店(トリオと言ったか)は残っているか。

【参考文献】

『みんなの民俗学』(島村恭則平凡社新書)

『ふろやの本』(2023年9月刊、大阪府公衆浴場業生活衛生同業組合)によると、生野区には15施設が掲載されている(休業中の施設も含むと26になる)。西成区には20施設が載っている。城東区は12施設。

学校図書館

 大阪市立中央図書館(西長堀)に自費出版の本を寄贈した。三冊置いていただいた。大阪府中之島図書館には一冊寄贈した。国立国会図書館に二冊寄贈した。大阪市立城東図書館に一冊寄贈した。ほっと安心した。

 西長堀にチラシが置いてあった。応募しようと思ったのだ。「学校図書館関係会計年度任用職員募集」だ。しかし、2月13日(火)が申込締切だった。締め切り日が当日なのだ。

f:id:higachanntan:20240214225006j:image↑チラシの表

 裏面を見れば、私には絶対無理なのだ。「大阪市職員基本条例」の抜粋が載っている。その条文を見れば、到底私のようなニンゲンには無理なことが書いてあるのだ。

f:id:higachanntan:20240214225346j:image大阪市職員基本条例の抜粋

 「常に清潔な身だしなみを心がけ、市民に不快感を覚えさせないようにする」ことなんてムリでござる。無精ヒゲを生やして、お客さまに不快感を起こさせるでありましょう。

 こんな条文がある都市に公務員として入職する人がいるでしょうか。素朴な疑問を抱くのでありまする。

木津卸売市場

 大阪木津地方卸売市場に初めて足を向けた。地下鉄大国町駅で下車した。改札口には駅員さんがいない。インターホンがあるので押した。しばらくして駅員さんの声が。木津卸売市場に行きたいと尋ねる。「出口1番の階段を上り、右にUターンする。一筋目を右に曲がる」と。右にUターンとは北に行くのか、南に行くのかと訊く。北に行くと返事が。やはり改札口には駅員さんがいなくてはいけませんよ。

f:id:higachanntan:20240213172443j:image↑地下鉄大国町駅の無人の改札口

 なぜ、木津卸売市場なのか。それはね、『ふろやの本』をゲットするため。大阪市浪速区敷津東2-2-8大阪木津地方卸売市場南棟2階に大阪府公衆浴場業生活衛生同業組合があるからだ。一人1冊しかもらえない。残部が少ないと言われた。

f:id:higachanntan:20240213173026j:image↑地下鉄大国町駅周辺の地図
f:id:higachanntan:20240213173045j:image大国町駅周辺の道路
f:id:higachanntan:20240213173042j:image↑木津卸売市場が見える
f:id:higachanntan:20240213173023j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240213173019j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240213173038j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240213173029j:image↑午後2時なので閑散としている

f:id:higachanntan:20240213173416j:image↑郵便ポストがある
f:id:higachanntan:20240213173412j:image↑木津卸売市場南棟(遠くにクボタのビルが見える)
f:id:higachanntan:20240213173401j:image↑浴場組合の入り口
f:id:higachanntan:20240213173427j:image↑高岸公園老人憩いの家
f:id:higachanntan:20240213173408j:image大阪市立敷津小学校
f:id:higachanntan:20240213173405j:image↑小学校の掲示
f:id:higachanntan:20240213173419j:image↑同上

 

【参考文献】

『ふろやの本』(2023年9月版)

『大阪の地名由来辞典』(2010年、東京堂出版)浪速区高岸町の項目を参考にした。

今日は三隣亡なのか

 今日は加古川行きの日だ。09時30分過ぎに最寄りのJRの駅に向かう。北新地駅に定時に着く。

 JR神戸線に乗るか、阪神電車にするか。二者択一だ。結局、阪神梅田駅の改札口を通過する。

f:id:higachanntan:20240207161703j:image↑姫路行き直通特急
f:id:higachanntan:20240207161656j:image↑2001年製の車両
f:id:higachanntan:20240207161659j:image↑行先表示板

 阪神電車神戸高速鉄道山陽電車と乗り継いで、明石駅に着く。ここまでは順調だった。

f:id:higachanntan:20240207162129j:image阪神電車の車庫
f:id:higachanntan:20240207162149j:image尼崎城
f:id:higachanntan:20240207162123j:image朝日新聞阪神支局
f:id:higachanntan:20240207162126j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240207162136j:image明石海峡大橋
f:id:higachanntan:20240207162133j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240207162142j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240207162146j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240207162139j:image↑同上

 山陽電車明石駅に着いて、JR神戸線明石駅のホームに上がると、神戸線垂水駅で新快速車両の不具合で停まっているではないか。

 30分以上待たされて、普通加古川駅行きが出るとのアナウンス。階段を降りて昇って、普通に乗る。すぐには出ない。件の新快速の乗客を乗せるので、しばし待てと。その後、それを撤回して出発することになる。普通なので、加古川駅まで20分。加古川線の谷川行きがすぐ出発するので、急げとの指示あり。エスカレーターを上りことになりやした。

 乗った途端にドアが閉まる。野暮用が順調に済んだ。昼食を摂るのを忘れていた。加古川駅まで戻る。しかし、悪いことは次々に起こる。宝殿駅で乗客と電車が接触したので、不通。17時ごろに開通する見込みという。あ〜、どうしよう。JR西日本の経営陣は神戸線の度重なる事故、遅延等をどう考えているのだろうか。

f:id:higachanntan:20240207163935j:image↑行先表示板
f:id:higachanntan:20240207163932j:image↑3・16ダイヤ改正
f:id:higachanntan:20240207163939j:image↑JR加古川駅改札口で運転開始を待つ人々
f:id:higachanntan:20240207163929j:image↑同上

f:id:higachanntan:20240207234239j:image↑残照
f:id:higachanntan:20240207234236j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240207234232j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240207234245j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240207234242j:image山陽電車明石駅
f:id:higachanntan:20240207234249j:image↑同上

 加古川駅で新快速が来たのは17時30分ごろであった。帰りは山陽電車に乗り換えるのは自然なことであった。

焼肉たむら本店

 焼肉たむら蒲生三丁目本店はかつて、繁盛していた。たむけんが昨年渡米して、店は食パンメーカーの社長が買収したらしい。

 しかし、今年に入って、店の看板が取り外された。内部の様子は不明である。

f:id:higachanntan:20240206182323j:image↑焼肉たむら本店の跡 

 

夏草や兵どもが夢の跡  芭蕉

海老江八坂神社

 福っくらトーク後、田野登代表、一善さん、ヒガチャンの三人(トリオ)は、海老江に向かった。東成郡と西成郡の長屋の違いや関西スーパーの短縮した言い方(関スパか関スー)と地域性などワーワー言いながら海老江八坂神社に向かったのである。

 人も多い。車も多い感がする。10年前からしていると福島区歴史研究会長末廣さんの言葉。ぜんざいか粕汁が振る舞われた。

f:id:higachanntan:20240205025245j:image↑鬼門入口
f:id:higachanntan:20240205025255j:image↑鬼のお面の口から入る
f:id:higachanntan:20240205025252j:image↑鬼面から境内に入る
f:id:higachanntan:20240205025242j:image↑参拝が終わると福門に

 境内には夜店が出ていた。祭事には夜店がないと気分が盛り上がらない。本殿前でお祈りをした。お賽銭ははずんだ。神さま、ご覧になりましたか。
f:id:higachanntan:20240205025259j:image↑梅が咲いている
f:id:higachanntan:20240205025302j:image↑福門の出口
f:id:higachanntan:20240205025248j:image↑同上
f:id:higachanntan:20240205025305j:image↑同上

 地車の宮入りの時の鳥居が福門の出口になっていた。海老江八坂神社の節分もお詣り先に入れておこう。