小女郎稲荷社と狐山

 「せんぎょ せんぎょ」と子どもたちが囃したてて、狐山を回るお祭りと先に書いた。

 

「せんぎょ」は「施行(せぎょう)」が訛ったものでないか。俗謡が『東成郡誌』に載っている。「せんぎょせんぎょ(施行施行の意)野せんぎょじゃ」とある。

 田野登氏の記憶では、大阪市福島区でも「寒施行」が1962年まで行われてきたと言う。『広辞苑第七版』では「寒中に餌を得るのに苦しむ狐・狸などに餌を施し与えること」とある。冬の季語である。

 

 『新版 八尾市史ー民俗編ー』によれば、145ページに「センギョ」について解説している。「キツネが住んでいそうなところに油揚げなどを供えてまわる」のである。(八尾市亀井)では2月ごろになってキツネが鳴くと、平野川の川端などに油揚げを置きに行った。ノセンギョと呼ばれ戦前まで行われていた。

 

 『大阪府全志 巻之三』316頁に「皇大神宮」の記事がある。

 末社に稲荷神社が載っている。「もと大和川堤の字狐山にありて、俗に小女郎稲荷と呼び、大和郡山の源九郎稲荷・和泉の葛葉稲荷と共に称せられて、其の名世に聞こえければ、一時賽者群集して、地獄橋即ち今の今福警察分署の前なる極楽橋(墓地の通路に當る故に此の名あり)の附近は、茶店軒を連ねしといふ」。