吹田市の小女郎稲荷

 小女郎稲荷で頭がいっぱいになっていた。しかし、世間はほっておいてくれない。城東区の狐山、皇大神宮、稲荷社に焦点を絞っていて、視野が狭くなっていた。そんな時だった。

 

 足代健二郎氏から示唆をいただいた。それは『摂陽郡談』巻第十七・雑類の「紅梅狐」だった。「同郡吹田村の野狐なり。年を積事久し。紅梅を手折て化人、因つて號之。或は毛色赤を以つて號とも云へり、人不成害、報を成ことなし。」

 小女郎稲荷は吹田市にもあったのだ。しかし、2015年12月12日に祠と鳥居が撤去されてしまったのだ。場所は吹田市高浜町11-16の「菖蒲池」のそばにあった。破壊された祠は近くの浄土宗観音寺(吹田市高浜町7-6)に安置されている。

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 赤い前垂れをした愛らしいお稲荷さまに思わず私は手を合わせた。祠の額に「小女郎稲荷荼枳尼天」と書かれている。観音寺の北に吹田歴史文化まちづくりセンター(浜屋敷)の吹田まち案内人・田中さんから資料提供を受けた。『吹田溺愛主義13』の「小女郎稲荷の記憶を求めて」(新山ひろし)も参考にした。

 

 吹田市の伝承で「小女郎稲荷」という文章がある。以下がその伝承の原文である。

 むかし昔 吹田村の南を流れる三国川の堤防のねきに お稲荷さんの祠があった で そのよこに 小さな池もあった

 このあたりは 観音寺の境内で 墓地があったり 草が ぼうぼうとしげってたりして ひるまでも

あんまり人は通らなんだ

 ところが よさりになると その池のはたに 面長の色の白い娘が 酒どっくりをかかえて しょんぼり たちよったそうな

 村の元気な若い衆は つい ふらふらっと のぞきにいては いつやしらんまに 娘と 池のはたで

草にかくれて酒をのんどったそうな せやけど いつも 「また 狐に 池の水 のまされた」ちゅうて くやしがっとった

 ある夜ふけ 酒やの表で こんこんと 音がした 「こないにおそおに 誰やいな」ちゅうて ねぼけまなこのあるじが出てみると べっぴんな娘が 酒を買いにきとった

 あるじは ぼそぼそ ぼやきもって 酒をちびっと 売ってやりよった ほんで 朝 銭ばこを見たら 木の葉がはいとった 「あっ やられた 狐にだまされた」ちゅうて それからは べっぴんの

娘には 酒を売らんようになってしもた

 娘は また ほかの酒やへいきよった 

 

 その店は 夜ふけまで働いとった ほんで あるじは 気もちよお酒を売りよった 「あっ 木の葉や」 あるじは じきに気がついたさかいに そおっと 娘のあとをつけよった ところが お稲荷さんのあたりで 見うしのうてしもた

「ははあん やっぱしここやな まあええ お稲荷さんにお供えしといたら なんぞ ええこと あるやろ」ちゅうて このあるじ それからも 木の葉の銭で 気もちように酒を売ってやりよった

 娘に酒を売らなんだ店は だんだんさびれてしもて だれもしらんまに どこかへいてしまいよったそうな

 小女郎稲荷に 酒を供えつづけた店は だんだん はんじょうして大きな酒やになった ちゅうこっちや