昭和二(1927)年7月に発起人会が開かれ、会社名を津軽鉄道株式会社と決めた。設立委員に津島文治以下四名を選んだ。翌三年2月の許可と同時に発足、社長に平山為之助、常務に岩渕勉が就任。全線20.7km。用地買収が進まず、工事も難航した。工事は2年遅れで、昭和五(1930)年11月13日に全線開通した。会社の成績向上のため、りんごの栽培、藁工品の生産、農産物の増産など未開発部門の生産育成に協力した。(『五所川原市の歴史と観光のテキストブック』より引用)
↑津軽鉄道金木駅
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上。改札口
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑走れメロス号
↑直線の軌道
↑同上
↑毘沙門駅
↑同上
↑二両目から後方を見る
↑駅名案内図
↑五所川原駅に着いた
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑津軽鉄道からJR東の五能線五所川原駅に跨線橋を渡る
↑同上
↑同上
↑津軽鉄道本社
↑JR東日本の五所川原駅
↑走れメロス号が停車している
↑同上
↑津軽鉄道本社
↑同上
↑同上
五所川原市を短時間ながらも歩いた。吉幾三の故郷で、8月の「立ねぷた祭」に吉も故郷に帰ってくるという。
五能線は月一回、定期点検のため運行を停止する。6月8日がその日に当たった。並行する道路から海岸線の美しさを体験した。
↑雨中の車内から撮影
↑同上
↑同上
↑五能線の車両
↑五能線の千畳敷
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上。駐車場のトイレは原発マネーから
↑同上
↑同上
JR東日本の五能線は、鉄道ファンに人気のローカル線。雨中と定期点検のため、鉄道旅にならなかった。五所川原市のまち歩きと津軽鉄道本社に焦点を絞って、レポートをした。津軽鉄道が悪戦苦闘しながらも、知恵を絞っている姿に感動した。お土産に使用済みの「硬券」を買い求めた。
【参考文献】
『五所川原市の歴史と観光のテキストブック』(五所川原市観光協会発行、平成19年3月)