ふとしたことで田野さんと3月11日にJR鴫野駅で待ち合わせて、新喜多東2丁目の「関西電力送配電株式会社新喜島変電所」あたりをご案内した。「狐山」を特定するのが目的。そして、今日(13日)再びキツネに騙されるようにさまよい歩いた。
外島と呼ばれた地域。『角川日本地名大辞典(大阪府)』で「外島」を調べたが、なかった。吉田地図(1960年)を見たが、放出町と新喜多町しかなかった。大阪市立城東図書館の『蒲生古事記』を閲覧した。表紙に著者名と住所、電話が表記されている。大阪市城東区放出町外島552。岡島修二(元大阪市立蒲生中学校教諭)。固定電話があり、何回か電話連絡したが呼び出し音のみであった。いつしかその記憶も薄れていた。
↑極楽橋北詰(野崎道こと古堤街道が通っている)
↑同上。府道石切大阪線は、極楽橋から新喜多橋まではかつて両側町で賑やかな商店街だった)
↑大阪市立今福小学校。放出小学校との統合が5年後に予定されている
↑極楽橋
昔は「地獄橋」と呼ばれ、橋の幅も狭かったらしい。近くの饅頭屋のお婆さんが亡くなり、放出大橋近くの放出斎場(現在の鶴見斎場)に棺桶を運ぶ途中、地獄橋までかかった。棺桶の中から声が聞こえ、棺桶の蓋を開けると死人が生きているではないか。死人が生き返ったからめでたいことだと、それから「極楽橋」と呼ぶようになったという。
↑同上
↑同上(寝屋川の両岸の家には地下室があったようだ)。ここには旧鯰江町役場があった
↑極楽橋南詰
↑新喜多東二丁目(前川工業所や前川電気鋳鋼所株式会社の工場がマンションになった)
前川電気鋳鋼所株式会社は今は大東市にあって盛業中である。昭和9(1934)年に城東区で創業。平成6(1994)年に大阪工場を閉鎖して、本社を大東市に移転した。
新喜多東2丁目(旧放出町、新喜島町)にはかつて鋳物屋さんが多く、金属の臭いが漂っていた。ヒガチャンの実家があった新喜多東1丁目とは隣町である。東洋スレートや石鹸会社も多い、工場街であった。
↑深江橋行きのバス通から創価学会会館(皆様石鹸の跡地)を見る
↑深江橋行きのバス通を歩く(食堂は昔、賑わったであろう)
まねき食堂と隣り合って、食堂大前屋もあった。ヒガチャンの実家は乾物屋であった。塩干も商った。父が鋳造所や鉄工所からの注文を受けて配達していた。
↑同上(極楽橋派出所や前川電気鋳鋼所の工場があった)
先に鋳造所が多いと言ったが、敷島鋳工所、浪花鋳造所、日栄鋳造、福井鋳造所、東洋軽金属工業、松本鋳造鉄工所、昭和鋼業、北陽無線工業、石岡鋳工所、岩田合金鋳造所、西村鋳工所などの会社名が吉田地図(1960年)に載っている。
↑関西電力送配電株式会社の新喜島変電所
関西電力送配電株式会社新喜島変電所の住所は新喜多東二丁目4-21。かつてこの辺りは新喜島町と言っていたかと思う。東に行くと、新喜島(現在はしきしま温泉)温泉がある。
↑同上
↑同上
↑新喜島変電所の南側(介護施設になっている)
↑深江橋行きのバス通を放出西1丁目バス停まで南に歩く
↑城東銭湯マップ(2021年2月)
城見通と深江橋行きのバス通が交わる交差点に若林工業がある。金属加工の会社。1969年創業。この辺りで金属加工の会社で残っている唯一の会社。鋳物屋が多い地域であったと社員さんから聞く。
↑若林工業。
↑同上
鋳物屋(外島鋳造所)さんに電話でお話を伺った。大西さんから会社の歴史を伺う。創業80年。祖父、父から経営を継いでいると言われた。徳庵の踏切に「外島踏切」があるとも教わった。初めての電話で情報をいただいたのに感謝する。
↑外島鋳造所
↑同上
↑同上(城東区放出町外島552番地あたり)
↑突き当たりが平野川放水路(旧城東運河)
↑新喜多東二丁目11番辺りの坂を上る
↑新喜多東二丁目10番辺りの長屋の坂を歩く。片町線の向こうに見えるマンションは天王田にある
↑長屋前を下る。突き当たりは片町線
↑北に歩くと新喜多墓地が現れる
↑同上
↑同上
高層マンションが建つあたりから狐山があったと土地の古老が語った。昭和21年生まれの古老に狐山あたり(関電新喜島変電所)をご案内いただいた。狐山の高さは1〜2mくらいだったと語る。
狐山については、「ヒガチャンの大坂まち歩き」2021年6月12日、6月18日、6月30日に記事があるので、ご参考になさってください。
↑パークスクエア城東(松本鋳造鉄工所跡地)
↑新喜多東公園
↑米忠味噌
米忠味噌の西側を南北に走る道路が旧大和川(楠根川)である。鴫野東二丁目17と18を南北に通る道路は楠根川の自然堤防である。
↑旧楠根川を埋め立てた道路
↑新喜多東二丁目と鴫野東二丁目の交差点を旧楠根川が北上して流れて、新喜多大橋で寝屋川に合流していた
↑楠根川の自然堤防が大正11年(大正12年か)からの市道になっている
↑楠根川の自然堤防から西に下る(JR鴫野駅に至る)
↑城東区詳細図(令和二年度版、日本特殊地図協会)。放出西バス停前の城東計量所の辺りが「狐山」と語るご婦人もいた。
↑城東区新喜多東二丁目の関電新喜島変電所付近(「スーパー地形」から転載)
少年時代の遊び場であった新喜多東二丁目を改めて歩いた。楠根川が埋め立てられても、地下には水が流れているだろう。楠根川の外(東)にあった小高い地形(狐山)に魅力を感じている。狐山に建つ建造物に住む方々がこの伝承を聞かれて、どう驚かれるだろうか。