村野藤吾(1891〜1984)は有名な設計家で、宝塚市に住んでいたので、大阪にも彼の作品(建築物)が残っている。近畿日本鉄道(近鉄)との関係が深く、近鉄新本社やシェラトン都ホテル大阪も彼の設計だ。近鉄が上本町六丁目再開発計画を打ち出しているので、どうなるか危惧される。
まずは梅田地下センターの換気のための塔をあげよう。
↑梅田の換気塔
梅田の換気塔は北区曾根崎2丁目16にあって、地下街「ホワイティうめだ」(旧梅田地下センター)を換気している。1963(昭和38)年に竣工した。60年以上前の建造物にかかわらず、そのフォルムは古さを感じさせない作品になっている。
村野藤吾の設計した建築物には、下記のものが大阪市内にある。
①阿倍野センタービル(1970年)
②旧大阪歌舞伎座(1958年)
③浪花組(中央区東心斎橋2-3-27、1964年)
④旧村野・森建築事務所(阿倍野区阿倍野筋2-3-8、1966年)
⑤きんえいアポロビル(阿倍野区阿倍野筋1-5-31、1972年)
⑥大成閣(中央区東心斎橋1-8-12、1964年)
⑦フジカワビル(中央区瓦町1-7-3、1952年)
⑧森田ビルディング(中央区備後町2-4-6、1962年)
⑨輸出繊維会館(中央区備後町3-4-9、1960年)
⑩ドウトンビル(中央区道頓堀、1955年)
高木産業ビル(中央区常盤町2-3-16、1958年)や旧新梅ヶ枝ビルこと第一住建梅ヶ枝ビル(北区西天満6-2-11、1962年)なども現存する。
【参考文献】
「建築パース.com」kenchiku-pers.com(2026年3月10日閲覧)