京阪電車「樟葉」駅に降り立った。新名神高速道路の橋脚工事が進んでいる。
かつて1960年代の「楠葉」駅は各駅停車しか停まらない駅だった。旧国道一号線が並行して走っていた。現在は府道になっている。
通行する車が柵を突き破って、京阪電車の軌道に落ちる事故が多発した。予防策として電線が張られた。自動車が電線を破線すると、事故が起きたことを司令所に知らせるシステムだ。今もその電線は張られている。
↑新名神高速道路の橋脚
↑淀川以北の有馬高槻断層帯
楠葉駅周辺を歩くと、「楠葉」「くずは」「樟葉」と表記が分かれている。
↑マクドナルドくずはモール店
↑京都信用金庫くずは支店
↑くずはモール
↑京阪バスくずはモール停留所
↑フリーステップ楠葉駅前教室
↑楠葉タワーマンション
↑泉屋くずは店
↑エルベ楠葉コート
↑トラスティーホーム くずは店
↑京都銀行くずは支店
↑京都中央信用金庫くずは支店
↑枚方楠葉並木郵便局
↑公益社くずは会館
↑楠葉中央公園
↑福屋不動産販売京阪くずは店
↑枚方東消防署楠葉出張所
↑枚方市立楠葉図書館
「楠葉」「樟葉」「くずは」と表記が三通りになる。なぜ表記がバラエティに富むようになったか。
1889年(明治22年)4月1日、町村制の施行により、交野郡楠葉村と船橋村が合併して、交野郡(のち北河内郡)樟葉村が発足した。現在も続く漢字表記の使い分けは、この経緯に基づいている。
樟葉村大字楠葉だった地域は、現在の町名では北楠葉町、楠葉、楠葉朝日、楠葉丘、楠葉中之芝、楠葉中町、楠葉並木、楠葉野田、楠葉花園町、楠葉美咲、楠葉面取町、樋之上町、町楠葉、南楠葉に概ね該当する。
樟葉村大字船橋だった地域は、現在の町名では北船橋町、西船橋、東船橋、東山、船橋本町、南船橋に概ね該当する。
地名の由来としては、『古事記』崇神天皇条に、武埴安彦命が謀反を起こして崇神天皇の軍に敗れた際に、逃げ落ちた兵士が恐怖のあまり袴に便を漏らし、その場所を「くそばかま」と呼んだものが転じて「久須波(くすは)」になったと記されており、『日本書紀』にも同様の話が登場する。
継体天皇による樟葉宮の旧跡と伝わる場所が交野天神社の北にあり、町村制の村名は樟葉宮の表記を採用している。他に交野郡の郷名などで「葛葉」表記が登場するが、現在ではほとんど見られない。(Wikipediaより引用した。2025年3月7日閲覧)
枚方市の「交野天神社」に「樟葉宮の跡」がある。駅前から京阪バスで行けるとバス案内所で聞いた。丸尾バス停から徒歩7分。長沢バス停から徒歩7分。ご老人には坂もあり、推薦できないと言う。みさきバス停から歩くと道が平坦で、バスの本数も多いので「いち推し」と教わる。樟葉駅で下車して、継体天皇の宮跡と伝わる跡を訪れたい。