森之宮周辺は、都市開発が進むと見られて「ヒガシ」と呼ばれている。大阪公立大学森ノ宮キャンパスの進出で脚光を浴びている。大学生が朝になると5〜6000名が登校する。森ノ宮駅、緑橋駅、鴫野駅から登校しているそうだが、その時間は睡眠時間なので、調べていない。
大阪公立大学の森ノ宮キャンパスには、かつて大阪車両工業株式会社の工場があった。ノコギリ屋根の工場だった。城東練兵場が大阪砲兵工廠の敷地になり、軍需工場が広がった。その工場を使用していたと言われる。
工場が立ち退き、更地になった。土壌調査をすると、六価クロムなどの有害物質で土壌汚染されているのが判明した。客土をして、大阪公立大学の開校になった。
大阪公立大学開校に至るまでの歴史の一エピソードを披露したい。
2022年秋に城東区森之宮2丁目の大阪公立大学の工事現場で1トン爆弾が発見された。そして、2022年11月6日(日)午前10時から陸上自衛隊による、不発弾撤去作業が行われた。警戒区域内は立ち入り禁止になった。
↑UR賃貸森ノ宮団地から見た1トン爆弾(写真は友人の○本氏提供)
↑避難のお知らせ
友人の○本氏は住んでいるUR賃貸住宅が鉄筋コンクリート製なので、避難しなかった。爆発しても大丈夫だろうと思って、在宅していたそうだ。恐怖感はなかったと語った。
昭和20(1945)年8月14日午後、米軍B-29の編隊による1トン爆弾攻撃で大阪砲兵工廠は微塵もなく破壊された。大阪城周辺も攻撃を受けたが、奇跡的に残った。
戦後、OBP(ツインタワー)開発時に1トン爆弾が見つかっている。そして、森之宮2丁目のUR賃貸住宅での1トン爆弾が発見された。
↑情報提供で城東区役所から入手した「不発弾処理に伴う一時避難場所状況について」
↑旧真田山陸軍墓地のエコミュージアム化プロジェクト「軍都大阪夢乃跡双六」
↑「軍都大阪夢乃跡双六」
77年経過しても、地下に眠っていた不発弾が見つかる。戦後でも、戦争の傷が顔を出す。忘れたつもりが戦争が記憶を呼び覚ます。戦争被害は永く続く。忘れようとしても忘れられないのだ。
戦争の実相を見るためには大阪城公園内の「ピースおおさか」に足を運ばれることをおすすめする。
【参考文献】
「軍都大阪 夢乃跡双六」(大阪大学大学院文学研究科アート・プラクシス人材育成プログラム事務局、2022年3月)