「夕日を見る会」の下見を20日、田野氏、今村氏とヒガチャンの三人で行った。JR環状線西九条駅改札口に12時30分に集合した。阪神なんば線の鉄橋下の西九条停留所に移動した。北港ヨットハーバー行きの大阪シティバスに乗り込んだ。終点に近づくにつれて、乗客がどんどん減っていく。終点まで乗っていたのは我々三人以外は一人のみであった。万博開催時は停留所に長蛇の列ができていた。
↑大和路快速の優先座席。ブラインドを下ろせば、優先座席が見えなくなる
バス停で待つことしばし。北港ヨットハーバー行きのバスが来た。酉島車庫前まではバスの本数が多い。酉島車庫と聞くと、大阪ガスの事業所があると想像される。ガスタンクが並ぶ工業地帯のイメージがあった。実際は違っていた。ガスタンクもない。
↑北港ヨットハーバー行きバスの時刻表
北港ヨットハーバーの駐車場のバーをくぐって、バス停でバスが停まった。市民になって75年。来たことのない場所。いや違う。何年か前、「大阪赤旗まつり」が舞洲で開催された。たくさんのテントが並び、出店で賑わった。堺の包丁を買った記憶が残っている。国会議員の四ツ谷光子さんとお話をした。彼女も鬼籍に入っている。
ヨットハーバーだから、ヨットの艇庫があり、時期になると大勢のヨットマン(ヨットおウーマン)が集まるのだろう。人の姿が見えない。インバウンドで賑わう大阪でもこんな所があるのだ。ロケーションがいいのに、この閑散としている。
↑舞洲ヨットハーバー
↑同上(狛犬さんか?)
↑同上
↑六甲山系がきれいに見えている
↑「ヘミングウェイの家」のトイレに入れない
↑大阪市漁業協同組合の文字が見える
↑常吉大橋
↑常吉大橋からゴミ工場が見える
↑六甲山系が真近に見える
↑同上
↑同上
↑オーストリア設計家がデザインしたゴミ工場
↑舞洲スポーツアイランド総合案内図
↑右折して舞洲緑道へ
今村氏の先導で人工磯に向かう。トイレが三ヶ所あり、心配一切なし。しかし、比較的綺麗だが、老朽化してきている。大阪港湾局の所有だが、管理が行き届いているのかは不明である。中には天井が痛んでいるトイレがあると聞く。人工磯に来る釣り師は少ない。大きな釣果が獲られるが、寄生虫がいるので食べられないそうだ。その前に釣りは厳禁ではある。
↑今は土砂が積んであるが、かつては夢洲万博の工事関係者のプレハブがあった
↑舞洲の北海岸(人工磯)
↑同上
↑人工磯の休憩所
↑同上
↑同上
人工磯を通過していくと、フェンスに囲まれた区域が現れる。パネルが一面に並んでいる。舞洲緑道がフェンスで切断されている。大阪・関西万博の成功の陰に隠れて、舞洲が縁の下の力持ち的役割を担っていたのか。光にばかりに目を向けていた。私たちは何を見ていたのだろう。見えていても捨象していたのでないか。見えていても見ていなかったのでないか。空気に浮かれて、事実・真実を見る目を曇らされていたのではないだろうか。
↑夢洲万博のバックヤードとして使われていた
↑「MAISHIMA」の文字がどこか寂しそうだ
↑同上
↑同上
↑同上
↑夢洲万博のバックヤードになった舞洲
↑行き先表示
↑同上
↑新夕陽がケ丘
↑六甲山系が見える
↑同上
↑明石海峡大橋が見える
↑同上
↑同上
↑カジノ建設現場(夢洲)が見える
↑眺望がいい
↑水が流れていない
↑トイレが多い
↑同上
↑同上
↑どこから流れてくるのだろう
↑同上
↑市岡の森
↑同上
↑同上
市岡の森を下っていく。えらい立派な石群が設置されている。「新夕陽ヶ丘」を眺望できるようになっているのだ。「新夕陽ヶ丘」は東を向いている。東から入場する人に向くようになっている。そこには入り口がない。東入り口がその存在していたのだ。フェンスによって切断された、残酷な場所なのだ。
↑東出入り口がフェンスでなくなっている
↑東入り口があった
↑今はフェンスで入り口でない
↑フェンスの向こうには何があるのか
↑東入り口
↑同上
↑オリックス・バッファローズの二軍選手寮
↑舞洲緑地案内図
↑灯台の役割をしていないモニュメント
↑ここにもトイレ
夢舞大橋までの海岸は夕陽が美しい。釣り禁止だが、釣り人が多かった。駐車場にも近い(一日1000円)。駐車するクルマも多く、人気スポットなのだろう。
↑カジノ建設現場の夕焼け
↑夢洲のカジノ建設現場で林立するクレーン
↑同上
↑同上
↑舞洲から見る夢洲
↑夢舞大橋
↑舞洲から見る夢洲のカジノ建設現場
↑夢舞大橋
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
夢舞大橋からの展望が素晴らしい。巨大な橋に驚きを禁じ得なかった。大阪・関西万博に批判的なヒガチャンも人の子である。夕景の美しさには讃嘆の声が出た。埋立島(人工島)の舞洲に生態系が戻ってきている。緑被率の低い大阪市。ここ舞洲には動植物が住んでいる。自然が根付いている。舞洲の自然に人間の手を加えずに、将来まで手付かずの自然を残したい。
夢洲の土を踏んだ。9月の残酷暑に田野氏と入場した。喉の渇き、太陽光線、高い気温、人混み、ガードマンの指示、行列、紙の地図の不提供、キャッスレスの徹底の単語群が浮かぶ。未来社会の実験場であった大阪万博。未来社会は暗いなあと、ヒガチャンには感じた。
↑夢洲(カジノ建設現場)が見えてきた
↑同上
↑同上
↑カジノ・大屋根リングと夕焼け
↑いつまで工事がつづく
↑万国旗が翻っていたなあ
↑こんな所に入り口があったのか
↑同上
↑大阪メトロ夢洲駅
↑券売機は1台のみが稼働。19日の売り上げが13万円だったとか
↑フェンスで東入り口には入れない
↑同上
↑大阪メトロ夢洲駅
↑同上
中央線夢洲駅から一駅、大阪港駅で下車。スーパーで酒類と酒の肴を買い求める。今夜は暖かい。本番はいかがだろう。天保山のマーメイド像に向かう。夕陽を見る時刻から遅いので、暗闇の世界だ。椅子に座って、『ボートの三人男』ならぬ「阪俗研三人男」が甲論乙駁をした。他人の迷惑も顧みず大声で。
↑地下鉄中央線大阪港駅
↑同上
↑天保山の観覧車
↑海遊館のイルミネーション
カジノが形を現してくる。ある一人の首長の思いつきが大阪市政を混乱に陥れた。10年以上、大阪市は発展ではなく後退を繰り返している。大阪市の税金がどう使われるかを監視していきたい。
帰宅後、足が攣った。左足が痛い。ツムラの89番を呑む。鎮痛剤を呑んで、対処療法を行う。寄る年波には勝てない。おまけに障害者手帳を持つ身だ。ヘルプマークの手助けもあり、明日もヒガチャンは大阪市内を歩く。
【参考資料】
公益社団法人2025年日本国際博覧会協会
2025年12月24日(水)
臨時理事会
会議資料
https://www.expo2025.or.jp/wp/wp-content/uploads/20251224_rijikaisiryou.pdf