喫茶サンシャイン

 北区大阪日興ビル地下にあった「喫茶サンシャイン」の店主がFacebookでつぶやいている。


 5/23に大阪駅前第3ビルに移転オープンしてからちょうど半年になりました。50年以上営業してきた大阪日興ビルの旧店舗は、再開発による立ち退きで断腸の思いで離れました。移転後、お客様が来てくださるか不安な気持ちでいっぱいではありましたが、 皆様が新しいお店にも引き続きお越しいただき、「前と変わってなくて良かった」とおっしゃっていただいた時は、本当に嬉しかったです。これからも、引き継いだ味を守り、ホッと一息つける都会のオアシスであり続けられるよう、皆様をお迎えしてまいります。 今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。(写真は旧店舗。大阪日興ビルは、現在も建て壊し中です。 工事でだんだんビルの元の姿がなくなっていくのを見るのは、やはり悲しく寂しい気持ちが込み上げてきます。仕方

  ないですね。)

f:id:higachanntan:20251128113102j:image↑喫茶サンシャインの旧店舗
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 移転後の「サンシャイン」には足を向けていない。大阪駅前第三ビルに移転されたのは知っているが、行動形態が変わったので行けていない。

 

 大阪日興ビル前には近鉄バスの梅田停留所がある。高速バスの発着場でもある。かつては路線バスも発車していた。阪奈道路から蒲生四丁目、国道1号線を通って梅田停留所が梅田花月前にあった。素人演芸会や吉本新喜劇のテレビ中継をするため、路上にテレビ中継車が停車するのをよく見た。乗客を下ろしたバスは曽根崎警察署前を左折して、御堂筋を南下して大阪日興ビル前の停留所に停まるのだ。

 近鉄の路線バス(稲田ー梅田)は休止して走っていない。近鉄バスは停留所の数が少なく、大阪市バスより速かった。蒲生四丁目から梅田までの所要時間は1962(昭和37)年ごろ、15分間であった。

 

 梅田から蒲生四丁目まで二階建てバス「ビスタカー」に乗れるのが愉しみだった。一階は低床であった。二階には何段かの階段があった。

 近鉄は、二階建て電車「ビスタカー」の成功を受けて、バス版「ビスタカー」の開発に着手する。1960(昭和35)年に近鉄・日野・近畿車両の共同開発で「ビスタコーチ」一台を開発した。

 1962(昭和37)年、ビスタコーチ八台が量産された。そして、1970(昭和45)年ごろ近鉄から退役した。二階建てバスと低床(ノンステップ)バスの歴史は近鉄から始まるのだ。(ブログ「乗り物解説の部屋」を2025年12月4日に閲覧した)

   かつて撮影した喫茶店「サンシャイン」の写真が七葉出てきた。じゅうぶんに懐かしんでいただきたい。

f:id:higachanntan:20251204073553j:image↑喫茶店「サンシャイン」
f:id:higachanntan:20251204073538j:image↑日興名店街
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 近鉄本町駅(上六)にある近鉄バス停留所に停車しているビスタカー(ビスタコーチ)の写真も出てきた。目に焼き付けていただけたら幸いである。
f:id:higachanntan:20251204073526j:imageビスタカーの意匠を採用するが、二階建てではない
f:id:higachanntan:20251204073610j:image↑同上

 近鉄の輝かしい歴史を称揚したい。その一方で、近鉄バスが路線バスから撤退し、運行本数を減らす噂を聞き、悲しくなってくる。