東京駅の構内で必ず立ち寄る場所がある。丸の内南口の「原敬首相殺害現場」と新幹線改札口近くの「浜口首相遭難現場」だ。
原敬は、1921(大正10)年11月4日に大塚駅員の中岡艮一に心臓を刺され、即死した。
1930(昭和5)年11月14日、浜口雄幸首相が愛国社党員佐郷屋留雄に狙撃され、翌年死亡した。テロによって浜口首相は亡くなった。
↑浜口首相遭難現場の説明板
↑同上
↑遭難現場の目印
↑東京駅構内map(1階)JR東日本作成
10月28日に東下りをした時に気がついたのだ。浜口ライオン首相は重傷を負って、一年後亡くなった。
東下りの目的は、東京ミッドタウン内のサントリー美術館「絵金展」と国立西洋美術館「オルセー美術館印象派展」を鑑賞するためであった。
東京ミッドタウンの敷地は、長州萩藩江戸下屋敷であった。明治維新後、陸軍歩兵第一連隊と歩兵第三連隊の兵舎になる。二・二六事件で歩兵第一連隊と歩兵第三連隊が反乱に加担した。その後、歩兵第一連隊(歩一)が満州に移駐して、近衛歩兵第五連隊と歩三が兵舎を使用した。
戦後、アメリカ軍が兵舎を接収した。昭和35(1960)年に防衛庁(現:防衛省)が霞が関から移転してくる。平成12(2000)年に新宿区市ヶ谷に移転する。その跡が大規模開発されて、東京ミッドタウンが完成した。
↑歩一の碑
↑同上
テロや軍隊のない平和な日本が続くことを願う。
【参考文献】
『昭和史跡散歩[東京篇]』(一坂太郎著、イースト新書、2016年)