軍都東京②

 池袋駅周辺を歩いた。「サンシャイン60」ができた頃に行ったことがある。1978(昭和53)年にビルが完成したころだろう。水族館が有名だった。

 かつてそこには東京拘置所があった。戦後、GHQが戦争犯罪人を収容して、「巣鴨プリズン」と呼んだ。A級戦犯やBC級戦犯が収容されていた。1958年5月30日に彼らがいなくなり、東京拘置所が復活した。そして、東京拘置所は小菅に移転して、現在に至る。その敷地は、現在のサンシャインシティ、池袋サンシャインシティ、東京国際大池袋キャンパスになっている。

 1978年6月、巣鴨プリズン刑場跡地に「永久平和を願って」の石碑が建立された。

f:id:higachanntan:20251008091151j:image巣鴨プリズン(『巣鴨プリズンの遺構に問う-戦犯者の面影と幽囚の日々-』巣鴨プリズン史研究推進委員会発行、槇書房刊、1981年)

 池袋駅東口から歩き出した。スマホの地図を頼りに歩く。

f:id:higachanntan:20251002191813j:image↑サンシャイン60
f:id:higachanntan:20251002191706j:image↑住居表示が東池袋と変わっても‥
f:id:higachanntan:20251002191634j:image巣鴨プリズンの周辺
f:id:higachanntan:20251002191758j:image↑同上
f:id:higachanntan:20251002191843j:image↑同上
f:id:higachanntan:20251002191837j:image↑同上
f:id:higachanntan:20251002191639j:image東池袋中央公園
f:id:higachanntan:20251002191825j:image↑公園内の「世界平和を願って」碑
f:id:higachanntan:20251002191645j:image↑同上
f:id:higachanntan:20251002191803j:image↑サンシャイン60
f:id:higachanntan:20251002191624j:image東池袋中央公園の案内板
f:id:higachanntan:20251002191735j:image↑サンシャイン60
f:id:higachanntan:20251002191741j:image片岡球子作「江戸の四季」
f:id:higachanntan:20251002191849j:image↑同上
f:id:higachanntan:20251002191717j:image↑同上
f:id:higachanntan:20251002191729j:image東池袋から池袋駅西口に抜ける「雑司ヶ谷隧道」
f:id:higachanntan:20251002191752j:image↑トンネルを抜けると池袋駅西口に
f:id:higachanntan:20251004225034p:image↑地図の中央に「巣鴨プリズン」が描かれている(「古地図散歩アプリ」より転載)
 サンシャイン60のビルは広大で、たくさんの人でごった返していた。目的地に着くのに何度もインフォメーションの方に聞いた。交番の巡査に聞いて、やっと刑場跡の慰霊碑にたどり着いた。東池袋中央公園と名を変えても、公園の雰囲気は妖気を漂わせていた。子ども連れや若者もいたりしたが、ヒガチャンには表現できない異様感があった。「サンシャイン」と明るさを強調しても、そこは拘置所であり、刑場で戦犯が処刑されたのだ。戦争犯罪を裁く「東京裁判」があり、その戦犯は巣鴨プリズンで生活した。A級、BC級戦犯の一部は、巣鴨プリズンで処刑された。
 今は、サンシャイン60というビルに人出が吸い込まれ、楽しそうにショッピングをしている。しかし、そこが戦争犯罪者(戦争証明者といえばいいのか)が居住していた拘置所があったことを知っていてほしい。

【参考文献】

『スガモプリズン-占領下の異空間-』(内海愛子著、岩波新書、2025年)

巣鴨プリズンの遺構に問う』5頁の巣鴨プリズンの全景を転載したが、発行者との連絡が取れません。情報をご存知の方は当方までご一報ください。