城見1丁目と言われてもピンと来ない。最近は「ヒガシ」と持て囃されている地域だ。大阪環状線(旧城東線)の京橋駅と大阪城公園駅の間にツインタワービルや富士通ビル、読売テレビが建つあたりだ。ホテル・ニューオオタニ大阪も建つ。敗戦前には、大阪環状線を挟んで東西に東洋一の旧大阪砲兵工廠が建っていた。OBP(大阪ビジネスパーク)と言われる。ここは町が持つ性格を有していない。住民がいない町なのだ。ツインタワーの工事があった時に、いくつもの1トン爆弾が見つかった。
旧砲兵工廠の一角に「いずみホール」が建つ。そこで「森麻希ソプラノリサイタル大阪」(2025年9月21日)が開かれた。
満足したリサイタルだった。環状線のガード下をくぐった。アパッチ族が住んでいた地域だ。最近、大阪公立大学が来るので、脚光を浴びている地域だ。「ヒガシ」と呼ばれている。ある「ゆ党」の国会議員が「城東区は文教地区になる」と大洞を吹いているそうだ。地価が上がっているらしい。喜ぶのは庶民ではないだろう。
↑JR西日本の平野川橋梁
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上(煉瓦)
↑同上
↑同上
↑西鴫野とある電柱
↑平野川を挟んだ向こう岸にも砲兵工廠が建っていた。こちらのアパッチ族と大蔵省との攻防が凄まじかった
↑大阪公立大学が見える(旧大阪車両工業株式会社の工場があった)
砲兵工廠とアパッチ族のツワモノどもの夢の跡を辿った。アパッチ族が住んだ地域は通名を名乗る在日が住んでいる。京橋駅から大阪城に行くには近道なので人通りもある。若者は砲兵工廠の金属をめぐって、日本国とアパッチ族の闘いを知る若者は少ないであろう。大阪公立大学の森ノ宮キャンパスから米軍の落とした1トン爆弾が見つかった。また、建設予定地には汚染物質(6価クロムなどの有害物質など)が検出された。そこにあった大阪車両工業の工場は旧砲兵工廠の焼け残った工場を使っていたと聞いたことがある。
城東線を挟んで、西側の砲兵工廠と東側の城東練兵場(のちに砲兵工廠になる)が広大な敷地を誇っていた。
戦後は、西側は大阪城公園に変化する。東側は戦後長く醜態を見せていた。国鉄の森ノ宮電車区と大阪市交通局の車庫になる。残りはUR賃貸住宅の森ノ宮団地に変化する。平野川に衛門橋が現存する。衛門橋から西側が大阪砲兵工廠ということになる。
【参考文献】
『大阪砲兵工廠年表』(久保在久著、耕文社、2020年)
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