阪神の優勝に沸騰しているかと予想して行った尼崎。商店街のマジックの数字は「6」であった。9月4日に尼崎の商店街を歩いた。立派なアーケードがあっても、シャッター通りになっているのもある。庶民の町、尼崎をルポしたい。
阪神タイガースの二軍球場ができ、二軍選手寮もできた。脚光を浴びる阪神電車大物駅周辺だ。
↑大物くずれの戦跡碑
↑同上
↑尼崎市立歴史博物館
↑同上
↑同上
↑ユニチカ記念館
↑同上
↑同上
↑同上
↑旧尼崎警察署
↑同上
↑同上
↑「尼崎市立尼崎高等女学校・尼崎市立尼崎高校 発祥の地」碑
↑同上
↑尼崎市立城内中学校の碑
↑「連帯」の石碑(野草平十郎元市長の揮毫)
↑同上
↑阪神電車尼崎車庫
↑同上
↑同上
↑「蘆刈島」の碑
↑大物公園の蒸気機関車
↑同上
↑同上
↑だいもつ病院(旧県立病院)
↑同上
一駅隣に阪神尼崎駅がある。尼崎の別の顔が見える。歴史的な寺町通りがある。公害の町で有名であった尼崎のお膝元にこんな落ち着いた街並みがあるとは。新しい発見だ。
↑寺町通り
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
窓口で入金して、郵便局のスタンプを集める。四局も回った。局員から情報を得る。どこも応対が親切だ。長い商店街がつながっている光景は大阪でも見られない。宗教系政党のポスターが目に付いた。
↑三和本通商店街
↑一部、シャッター通り化している
↑アーケードを抜ける
↑西国(中国)街道の道標
↑同上
↑同上
↑同上
↑三和本通商店街
↑同上
↑尼崎中央商店街
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑尼崎中央公園の「高潮標」
↑同上
↑同上
城下町尼崎が辿った歴史は、阪神タイガースよりも長い。近代になって工業(繊維産業や化学工場)で栄える。阪神工業地帯の一角を担う。戦後は高度経済成長下、尼崎公害訴訟でイメージダウンする。阪神タイガースだけでなく、城下町尼崎で町おこしされるのを期待している。