酷暑の今日(8月19日)、JR西九条駅改札口に集合した。
田野氏、村尾氏、一善氏(途中から合流)、ヒガチャンの五人男。ああや、こうやと言いつつ、好奇心で此花区を満喫した。
「奴隷の島(明石島)」の地図を見ながら、蘊蓄を傾けた。8月26日(火)の川施餓鬼でその成果をご披露したい。
まず、本番のコースをご紹介します。
☆実施日は、2025年8月26日(火)阪神なんば線「伝法駅」改札口前に午前10時に集合。
☆コース 伝法駅→北伝法の安楽寺→みりん醸造元の山中邸見学→備前橋跡→伝法港→公団伝法団地→正蓮寺(13時から15時まで川施餓鬼参加)→明石島(奴隷島)→恩貴島橋→商店街(春日出・四貫島)→朝日橋(舟奉行所跡)→映画館「明治座」跡→西九条駅解散(17時予定)
☆協力金として1000円程度をお支払いください。
☆携行品:タオル、水、帽子か日傘、サングラス、その他
阪神西大阪線(現なんば線)伝法駅改札口前に集合。コースにないが、旧伝法川の川幅の広さが阪神線の橋脚からわかる。線路が付け替えたら、以前の橋脚が撤去されるかも。
伝法は醸造や漁業が盛んであった。日本酒、みりん、焼酎の生産で有名であった。伝法川の水運を利用して、工業が栄えたのだ。酒造家(37棟)、樽屋(26棟)から伝法の繁栄ぶりがわかる。イカリソース伝法工場跡が残る。1912(明治45)年に伝法工場が竣工した。
北伝法寺町通りの安楽寺に立ち寄る。墓地に行くまでの煉瓦道を見よう。住職が浪華紡績会社の煉瓦を買って、煉瓦道にしたそうだ。煉瓦には刻印がされていて、製造者と製造年代がわかる。マニアには垂涎の的だ。「関西地方の煉瓦刻印」HP(bdb.kyudou.org)を参照した。
↑寺町通りの「安楽寺」の煉瓦
↑浪華紡績の煉瓦を再利用した煉瓦道
↑煉瓦に刻印がされている
↑同上
↑同上
↑同上
イカリソース後地広場の隣にある「山中邸」の一部を見学します。楽しみですね。
イカリソースは1896(明治45)年に大阪阿波座で山城屋を開店。ウスターソース国産第一号の「錨印ソース」を発売。
1912(明治四十五)年に伝法工場を竣工。
↑イカリソース後地広場
↑同上
↑たばこ屋で喉の乾きを癒す
↑イカリソース工場の隣地の山中邸(当日見学します)
↑同上
↑伝法川(伝法閘門)
↑同上
大阪はかつて「東洋のマンチェスター」と呼ばれ、紡績業で栄えた。100年前、細井和喜蔵の『女工哀史』に描かれた南伝法には内外綿株式会社、三重紡績、浪華紡績が正蓮寺の周辺に工場を建設した。職工や工女たちが紡績工場で長時間働いていた。特に浪華紡績の煉瓦造りの工場が1891(明治二十四)年10月28日午前6時38分に起きた濃尾地震の揺れで崩壊して、労働者が死傷した話は有名である。先の三社を併合した東洋紡は、今でもお盆に参拝に来るという。正蓮寺の周辺にあった紡績工場は今はUR賃貸住宅伝法団地になっている。
↑UR賃貸住宅「伝法団地」
↑同上
↑同上
伝法団地を抜けると、日蓮宗「正蓮寺」に着く。13時までには乗船名簿の記入を終えたいものだ。「川施餓鬼」は15時には終える予定である。創建は1625(寛永ニ)。地震や火災で伽藍がなくなる。現本堂は1874(明治七)年再建。正蓮寺の川施餓鬼は1721(享保六)年から始まって、日本三大施餓鬼の一。
↑川施餓鬼
↑正蓮寺
↑同上
↑正蓮寺境内の墓
↑同上
↑同上(伝法肌)
↑同上
↑同上(山邑家墓で「桜正宗」の醸造の祖。明治21年12月建立)
浪華紡績会社は1888(明治二十一)年に創業。
西洋式の新築間もない大工場(第二工場)は煉瓦造り三階建。1891(明治二十四)年の地震当日、567名の労働者が工場内にいた。女工は、工場と正蓮寺川の中洲にあった寄宿舎を毎日往復していた。「籠の鳥」の歌が流行った。
正蓮寺境内に濃尾地震で亡くなった職工・女工22名の「浪華紡績会社震災死亡慰霊碑」がある。死者数は17名という説もある。慰霊碑は1892(明治二十五)年10月28日建立である。(「みおつくし」第60号、平成28年、長尾武)
↑浪華紡績会社震災死亡慰霊碑
↑同上(明治二十五年と読める)
↑同上
ここからが「奴隷の島-明石島」について、みなさんの推理を働かせましょう。
↑浜浦さんの記憶に基づく地図(田野さんの聞き取り)
この地図をもとに明石島(奴隷の島)を確定したい。正蓮寺の位置は不変として、明石島の場所と、工場と寄宿舎を結ぶ陸橋を特定いたしましょう。
大阪法務局の公図も参考にして考えてみてください。
↑伝法六丁目の公図
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↑同上
↑恩貴島橋
↑正蓮寺から伝法団地(紡績工場跡)を望む
↑正蓮寺に至る道
↑明石島(提供:田野登)
↑恩貴島橋左岸堤防(提供:田野登)
↑恩貴島橋
↑正蓮寺周辺の地図
春日出商店街、四貫島商店街を通過して、千鳥橋、朝日橋に至る。朝日橋に大坂船奉行所跡の碑を見学する。昇陽高校(旧淀の水高校)のあたりは、東洋紡の紡績工場があった。
↑「初代 大坂船奉行所跡」碑
↑同上
↑同上
↑同上
↑同上
↑朝日橋(旧此花区役所や旧此花消防署があった)
↑阪神電車の橋梁
↑西九条駅周辺
↑夕方の朝日橋
西九条駅近くの映画館「明治座」跡を見学。17時に西九条駅で解散予定です。
此花区は大阪・関西万博やユニバーサルスタジオで注目されているが、それだけではないのだ。地面の下にも魅力が隠れている。それを発見するのがみなさんの炯眼(けいがん)なのだ。
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↑同上
↑同上
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