軍都大阪②

 1945(昭和二十)年8月14日、米軍のB29爆撃機(148機)が大阪砲兵工廠に集中爆撃を加えた。706トンの爆弾を投下した。流れ弾といわれる1トン爆弾4発が城東線京橋駅に落ちた。その内の1発が、多数の避難者が集まっていた片町線ホームに投下された。たくさんの犠牲者が出た。名前がわかった者が210名。無縁仏が500〜600人ともいわれる。

f:id:higachanntan:20250730184235j:image環状線京橋駅爆撃被災者慰霊碑(1987年ごろか)

   この慰霊碑は大東市の森本栄一郎氏が1947(昭和二十二)年8月14日に私費で建てたもので、その後「釈迦牟尼仏尊像」と「納経塔」も建立された。毎年、8月14日に遺族や京橋駅関係者によって慰霊祭が行われている。

f:id:higachanntan:20250730211200j:image↑慰霊祭(2023年の写真か)
f:id:higachanntan:20250730211157j:image↑同上
f:id:higachanntan:20250730211205j:image↑「平和の語り部」照屋さん
f:id:higachanntan:20250730211153j:image↑照屋さんと参加者

f:id:higachanntan:20250730191929j:image↑第71回京橋駅空襲被災者慰霊祭の案内状

 今年の慰霊祭も炎天下になるだろう。一度、お参りに行きませんか?

【参考文献】

『大阪の戦争遺跡ガイドブック』(戦争体験を記録する会編、清風堂書店刊、1987年)

片町線草津線関西本線 そのルーツと鉄道文化を探る』(羽森康純・高田征洋共著、トリオ印刷発行、平成9年)