此花区役所まで市バスで行く

 大阪駅前から市バスで此花区役所まで野暮用で行った。四階建てのコンパクトな役所だ。前に来たことがあるので、道に迷わなかった。旧市電通りに区役所は面していない。国道43号線と北港通の交差点から西北に斜めに区役所への道が通っている。

f:id:higachanntan:20221203005000j:image沖縄県祖国復帰記念(塔)
f:id:higachanntan:20221203005009j:imageなにはづに さくやこのは ふゆごもり いまははるべと さくやこのはな(王仁)
f:id:higachanntan:20221203005004j:image区名の由来

f:id:higachanntan:20221205001000j:image国道43号線。海抜−1メートル
f:id:higachanntan:20221205001013j:image梅花幼稚園西

f:id:higachanntan:20221213070710j:imageJR桜島線の踏切
f:id:higachanntan:20221213070706j:image住吉神社御由緒

f:id:higachanntan:20221213073652j:image梅香3丁目。電線に鳩が日向ぼっこ

 由緒には、「この辺りは浪速八十島と言われ、住民の主たる職業は漁撈又は船夫であり」「元和年間、摂州住吉大社の社家橋本亀太夫に請うて、その御分霊を千鳥橋下方中津川沿岸(四貫島元宮町)に御鎮祭したのが当社の起源である。宝暦五年その東方に御遷座、更に市電敷設のため大正十年現在の地に」移ったと書かれている。

 浪速八十島此花区辺りと書かれているが、論議の余地があるところである。

 また、住民の職業が漁撈又は船夫とあるのから、私の記憶を披瀝したい。友人が梅香や四貫島、桜島を校区とする中学校に勤務していた頃の話だ。40年前のことだ。家庭訪問で見たことだ。船上生活者の家はハシケだ。まるで映画「泥の河」の世界だ。また、市営住宅に訪問した時。ドアを開けると、家族の靴がずらりと玄関に乱雑に脱ぎ捨てられていた。生活の重さを目撃したのだ。学校も荒れていた。地域にはヤクザの事務所がたくさんあったと聞く。

f:id:higachanntan:20221205002250j:image野田阪神(バスの車窓から撮影)
f:id:higachanntan:20221205002236j:image同上
f:id:higachanntan:20221205002254j:image旧大日本製薬大阪工場跡
f:id:higachanntan:20221205002245j:image同上
f:id:higachanntan:20221205002303j:image同上

 大阪シティバス56号系統に往復乗った。小旅行を味わった。『平家物語』の無常を味わうバスの旅であった。